こんにちは。理論物理・科学史を勉強している自然研M2のY.Yです。
大学で物理を勉強していると対称性という言葉をよく見かけます。
対称性は、私たちが物体の運動(系の時間発展)を記述する上で重要な役割を果たしているのです!
ですが、急にそんなことを言われても意味不明ですよね…。対称性がいかに重要かを一風変わった方法で説明してみようと思います。
現代物理学における「対称性」
まず、物体の運動を記述するための現代物理学の手法を簡単に確認しておきましょう。
- 物体の運動を表す関数 \(q(t)\) は、作用 $$S[q]=\displaystyle \int_{t_1}^{t_2}dt~L(q(t),\dot{q}(t),t)$$を最小にするように決まる。
- いくつかの対称性をラグランジアン \(L\) に課すことで、ラグランジアン \( L\) の形を決定できる。
これらが現代物理学の指導原理であり、高校物理でよく知られるニュートンの運動方程式もこれらから導き出すことができます。
この指導原理のポイントをざっくりとまとめ直すとこうです。
- 物体の運動は作用 \(S\) で決まる。
- 作用 \(S\) はラグランジアン \(L\) で決まる。
- ラグランジアン \(L\) は対称性で決まる。
物体の運動を記述する上で対称性が非常に重要な役割をもつことが伝わりましたか??
恥ずかしい体験談
対称性がいかに重要かを理解し感動する読者がいる一方で、「なんとなく重要そうだな」と形式的に認識するだけの読者も多いことでしょう。
恥ずかしながら、解析力学を習った当時の私は後者の立場でした。
聞き慣れない言葉が並び、全くイメージできません…。
助け舟:ホイヘンスの衝突論
そんな私に「対称性は確かに重要だ」と思わせたのがホイヘンスの衝突論です。
ん?ホイヘンス?
17世紀の物理学者クリスチャン・ホイヘンスは、波の伝播を説明する「ホイヘンスの原理」で有名です。
その一方で、力学研究においても彼が素晴らしい業績を残していたことはあまり知られていません。
その業績の1つは、2物体の弾性衝突の問題を完全に解いたことです。
では、ホイヘンスはどんな方法で問題を解いたのでしょうか。実は、この方法こそが、極めて重要な対称性「ガリレイの相対性原理」を巧みに使った方法なのです。*1
ガリレイの相対性原理
「ガリレイの相対性原理」について説明します。
簡単に言えば、「静止した観測者に対する力学法則と等速で動く観測者に対する力学法則は同じだ」という原理です。
例えば、下の図のような、2人の観測者が見るボールの落下をイメージしてみましょう。
「静止した観測者・等速で動く観測者が全く同じ現象を見ることになる」と安易に想像できるでしょう。
「同じ現象を見る」ということは「同じ法則が成り立っている」ということです。
今はボールの落下について、静止した観測者と等速で動く観測者に対する力学法則の不変性(対称性)を確認しましたが、これはボールの衝突などの他の力学現象・法則についても成り立ちます。
ホイヘンスは、この原理を軸に弾性衝突の問題を解いた(衝突後の各物体の速度を求めた)のです。
衝突前と同じ速さではね返る条件
「どうやって問題を解いたんだ⁉」と気になって仕方がないかもしれませんが、もう1つだけ下準備をさせて下さい。
ホイヘンスは、下の図のように、2物体それぞれが衝突前と同じ速さではね返るための条件を知っていました。この条件を紹介します。
物体A、Bそれぞれの質量を \(m_A\) 、\(m_B\)とし、 それぞれの衝突前の速さを \(v_A\) 、\(v_B\)とします。すると、各物体が衝突前と同じ速さではね返るための条件は、$$v_A:v_B=m_B:m_A$$と書けます。*2
対称性を使って問題を解く
さて、ガリレイの相対性原理を用いて実際に衝突の問題を解いてみましょう。
以下の問題について考えます。
このままでは何も分からないため、この衝突を左に1m/sで進む歩行者が観測したとしましょう。すると、この歩行者は、物体Aが右向きに4m/s、物体Bが左向き2m/sで衝突する様子を見ることになります。
この図をじっと眺めると、左に1m/sで進む歩行者にとっては、2物体が「衝突前と同じ速さではね返る条件」を満たしていることに気付くでしょう。
そして、この歩行者にとっても「\(v_A:v_B=m_B:m_A\)であれば衝突前と同じ速さではね返る」ことが、「ガリレイの相対性原理」によって保証されます。
つまり、この歩行者は、物体Aが左向きに4m/s、物体Bが右向き2m/sではね返る様子を見ることになります。
さて、静止した観測者にとって衝突後の2物体はどのように見えるでしょうか。
少し考えれば、物体Aが左向きに5m/s、物体Bが右向き1m/sではね返るように見えることが分かるでしょう。
これで無事、問題の解が得られました。
まとめ
弾性衝突における衝突後の速度の問題は、高校物理で取り上げられます。
高校物理では「運動量保存則」「エネルギー保存則(反発係数の式)」を用いて算出するのが一般的です。
しかし、今回は保存則を用いず、「ガリレイの相対性原理」を持ち出すことで正しい解を導き出したのです。
保存則を直接用いずに衝突後の速度を得られるのは何だか不思議ですね。「対称性に何らかの重要な役割がありそうだ!」と思えるのではないでしょうか。
文献
ホイヘンスの衝突論をもっと知りたくなった方は、以下の図書を手に取ってみて下さい。ホイヘンスの論文が翻訳され、非常に細かな注記が加えられています。